浜崎健立現代美術館LOGO-KENHAMAZAKI REDMUSEUM

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浜崎健のプロフィール

1967 8月10日、健康ハートの日に生まれる。
1992 自らのギャラリー"KEN HAMAZAKI ART COLLECTION(RED GALLERY)"を東心斎橋にオープン。
1994 「RED GALLERY」を南船場に移転しニューオープン。
1997 自らの美術館「浜崎健立現代美術館」を開館

KEN HAMAZAKI REVIEW

・コンセプチュアルを超える時 「観客との対話の中で導かれるコンセプトの発見」 「人生の縮図を迷路画で表現」 フリージャーナリスト・八木健一氏

・RED TEA CEREMONY 「数分の刹那の中で、一対一の対話」「映像と音楽を加え、総合芸術に」 フリージャーナリスト・八木健一氏

・金迷図展  笑いの絶えない国へと「日笑旗」。伝統を継承し、それを革新へ フリージャーナリスト・八木健一氏

・プロフィール  ひだひだのマチエール 伊藤学氏

・プロフィール  現代美術のアウトサイダー「真のアヴァンギャルドは古典に通じる」 フリージャーナリスト・八木健一氏



現代美術のアウトサイダー   浜崎 健


【真のアヴァンギャルドは古典に通じる】            フリージャーナリスト 八木健一


 浜崎 健を語る上で、重要なのは無意識と偶然性である。彼の特有である「迷路」で描く技法は、幼少時代、無意識に迷路で落書きしていた癖を画法に取り入れた。アイデンティティーやオリジナリティーを模索するのに、あれこれ悩む作家は多いと思うが、浜崎は芸術を志した当初から「本来、自分に備わり、自らの力で導き出した事をしないと、独自性はない」と見ていた。

 これが、迷路画に繋がるが、当然、彼自身は、美術の基本的な知識も技術も知らない。特に、ビジネスに置いても「現代美術のルールも知らない」浜崎は、既存の美術界ではアウトサイダーと言えよう。

 偶然性にまつわるエピソードでは、「モナリザ」のパズルのピース一片、一片を用いた「パズル・ペインティング」展を開催したとき、その由来を彼は、夢から啓示を受けたという。「あるグループ展を見に行っている夢を見た。そこで、大きな緑のパズルのピースを見つけ、それを徐々に遠くから眺めると大きな森になっていた」と夢から覚めた瞬間、それをメモにした。

 普通ならデッサンから始まり色彩構成を考え作り始めるが、全てのピースからランダムに選んだ一つ、一つに赤、黒、黄を色づけ、それを繋ぎ合わせる。まさに、出来上がるまで全体の色彩構成は、本人にも分らない作品となった。偶然を楽しみ、その結果を考察し、価値を見出すのである。

 また、インスタレーションの様に見る人たちが共同で参加し、作品やパフォーマンスを意味づけていくことも彼の喜びの一つである。阪神・淡路大震災10周年のイベントに出品した作品「地震を自信へ」では、黒地に赤のマグネットで「earthquake(地震)」と描かれている。そのマグネットを下部にある白地の穴にはめ込んでいくと「confidence(自信)」へと変わる。被災者にとっては夢のある作品だ。

 また、浜崎のお得意である「お茶会」のパフォーマンスでは、「金の茶室や千利休の思想を学ぶうちに、辛気臭いイメージだったお茶の世界が、実は前衛的であることに気付いた」と自由な発想でお茶会を企画しだす。仏壇にある金の鈴(りん)を茶臼に仕立て、幼少の時に食べたお菓子などをお茶請けにした。浜崎自身は不要な動きを抑え、様式だけでお茶をたてる。参加した一人、一人がそれを見て異なった動きを見せる。浜崎はここでは傍観者にすぎない。

付加価値となるのは観客の反応である。浜崎が設定を考えるものの、これも、無意識に、そして、偶然に意味付けがなされるのである。この、お茶会は海外でも好評で、既に国内外で60回以上開催された。

 真っ赤に包まれた彼の容貌も独特だ。オリジナルの真っ赤な「HEY‐MEN T‐shirts」から始まり、ジャケット、パンツ、靴、サングラス、ベルトへと徐々に赤いもので統一されていくことになる。本来、「人間は赤が好きなはずである。母親の子宮の中が赤なのであるから」と全身が赤だと派手で社会から敬遠されることに疑問を持つ。それへのアンチテーゼでもあるが、「攻撃的意識はない、母にくるまれているように落ち着く」のがこの姿なのである。

 浜崎は作品を自分の子供だという。作品そのものは物質的であるが、それに儀式のようにフレームを目や鏡を入れた粘土でくるんだり、歯ブラシをそっと添える。これによって、「精神」が備わり、浜崎自身の分身となるという。まだまだ、彼が偶然に発見する素材、技法がどう繋がっていくかは、未知の世界である。

 また、総合的に生活様式そのものを演出したいとの考えもある。既に、自身のギャラリー「浜崎健立現代美術館」を設立。独自のブランド「ライフユニフォーム」「アート・オブ・ライフ」「スパイス・オブ・ライフ」を展開し、ファッション、雑貨類やお気に入りのアーティストのポスターやポストカードを販売している。当然、自身の作品の発表の土台となっているが、積極的に若手作家を掘り起こし、様々な企画展を開催している。

 トータルな演出として今、構想中なのがお茶会と自身の作品とのリンクである。映像や音なども積極的に用い、パフォーマンスだけでなく、作家としても知名度を上げていきたい考えだ。

 彼は言う「真のアヴァンギャルドは古典になる」と。「現代美術の中に一石を投じたい。媚びを売ったり、相手の意向に合わせるやり方ではなく、自分のルールで入り込みたい」とその用意ができたことを自負する。

確かに、見果てぬ野望のように聞こえる。しかし、既存の美術論や技術、そしてビジネスシステムも知らないアウトサイダーであるが故に、従来の枠には収まらないし、新たな可能性は見出せる。現代美術の世界も、アートバブルの様相が見られ、いまや順風満帆とは言えない。異物を取り入れ、新しい価値を創造しようとする現代美術界の懐の深さが試される。

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